物語は、散歩の途中で偶然警官に取り調べを受けた作家の「わたくし」が、玉の井の私娼窟を舞台に創作を思いつくことから始まる。浅草の古本屋で女物の襦袢を購入したことから窃盗の嫌疑をかけられた体験をきっかけに、「わたくし」は「失踪」という小説の構想を練り始める。
物語の中心となるのは、玉の井で出会った私娼のお雪という女性との交流である。中年教師の種田順平を主人公とする小説を執筆しながら、作者自身もこの花街の世界に足を向けるようになる。お雪は故郷の東北から身を落としてきた女性で、その身の上話や人情味ある性格が「わたくし」の心を捉える。
やがて玉の井の取り締まりが厳しくなり、お雪は姿を消してしまう。「わたくし」は彼女の行方を案じながらも、この体験を通じて得た人間への深い洞察を小説に昇華させていく。作中では現実の体験と創作が巧妙に織り交ぜられ、荷風独特の退廃的な美意識と、消えゆく江戸情緒への郷愁が色濃く描かれている。昭和初期の東京下町の風俗を背景に、芸術と現実の境界を曖昧にした自伝的小説として、荷風文学の代表作のひとつとなっている。