もっと早く死ぬべきだったのになぜ今まで生きていたのだろう
夏目漱石こころ」(1914)
—大正三年十一月二十五日学習院輔仁会(ほじんかい)において述—私は今日初めて、この学習院というものの中に入りました。
夏目漱石私の個人主義」(1914)
教師というものは実に楽なものだ。人間と生まれたら教師となるに限る。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
迷える子(ストレイ・シープ)——わかって?
夏目漱石三四郎」(1908)
信用しないって、特にあなたを信用しないんじゃない。人間全体を信用しないんです。
夏目漱石こころ」(1914)
「私、なぜだか、ああしたかったんですもの」
夏目漱石三四郎」(1908)
自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊く見えることはない。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
山路を登りながら、こう考えた。
夏目漱石草枕」(1906)
熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中の方が広いでしょう
夏目漱石三四郎」(1908)
それだ! それだ! それが出れば絵になりますよ
夏目漱石草枕」(1906)
私は長年の間苦悩した結果ようやく自分のつるはしをがっちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです。
夏目漱石私の個人主義」(1914)
自分の幸福のために自分の個性を発展していくと同時に、その自由を他にも与えなければすまない事だと私は信じて疑わないのです。
夏目漱石私の個人主義」(1914)
「あんなものを熱心に見物する女はみんな間違っている」
夏目漱石三四郎」(1908)
私は実に先生をこの雑沓の間に見つけ出したのである。
夏目漱石こころ」(1914)
我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり
夏目漱石三四郎」(1908)