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三四郎
夏目漱石(1908年)
約456分
182,256字
あらすじ — 上京した青年の、迷いと成長の物語。
田舎から東京に出た23歳の三四郎が、大学で出会う先生や友人たちとの関係の中で、理想と現実のギャップに揺れ動く。恋愛、友情、人生の意味について悩みながら、少しずつ大人になっていく——それが青春というやつなんだ、と気づかせてくれる一冊です。
この作品のひとふみ
あなたはよっぽど度胸のないかたですね
夏目漱石
二十三年の弱点が一度に露見したような心持ちであった
夏目漱石
熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中のほうが広いでしょう。とらわれちゃだめだ。
夏目漱石
この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯(ひきょう)であったと悟った。
夏目漱石
学問をする人がうるさい俗用を避けて、なるべく単純な生活にがまんするのは、みんな研究のためやむをえないんだからしかたがない。野々宮のような外国にまで聞こえるほどの仕事をする人が、普通の学生同様な下宿にはいっているのも必竟野々宮が偉いからのことで、下宿がきたなければきたないほど尊敬しなくってはならない。
夏目漱石
三四郎は往来のまん中でまっ赤になってうつむいた。
夏目漱石
ただ口の中で迷羊(ストレイ・シープ)、迷羊(ストレイ・シープ)と繰り返した。
夏目漱石
里見さんを描いちゃ、だれが描いたって、間が抜けてるようには描けませんよ
夏目漱石
自分と野々宮を比較してみるとだいぶ段が違う。自分は田舎から出て大学へはいったばかりである。学問という学問もなければ、見識という見識もない。
夏目漱石
新時代の青年をもってみずからおる三四郎は少し小さくなっていた。
夏目漱石
君、あの女には、もう返したのか 「いいや」 「いつまでも借りておいてやれ」
夏目漱石
おれだって、金のある時はたびたび人に貸したことがある。しかしだれもけっして返したものがない。それだからおれはこのとおり愉快だ
夏目漱石
我はわが愆(とが)を知る。わが罪は常にわが前にあり
夏目漱石
思い切って床屋へ行った。そのあくる日は日曜である。
夏目漱石
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