美しい閨秀作家としての彼女は、此の頃では、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。
江戸川乱歩人間椅子
背景解説
昭和初期、妻は夫に従うのが当たり前だった時代。なのにこの女性作家は、外務省の偉い人である旦那さんよりも、著作の才能で有名になっちゃったんですよ。要するに、社会的には夫より下とされるはずの妻が、実力で夫の存在を吹き飛ばしちゃった、ってわけです。
でも、そんな成功を手にした彼女を待っていたのは、世間の期待と家族からのプレッシャーという、想像以上に重い現実だった——
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人間椅子』の他のひとふみ
夫の登庁を見送って了うと、それはいつも十時を過ぎるのだが、やっと自分のからだになって
江戸川乱歩
私は、そうして、一つ一つ椅子を仕上げる度毎に、いい知れぬ味気なさに襲われるのでございます。
江戸川乱歩
こんな、うじ虫の様な生活を、続けて行く位なら、いっそのこと、死んで了った方が増しだ
江戸川乱歩
それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅の嗅覚のみの恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。これこそ、悪魔の国の愛慾なのではございますまいか。
江戸川乱歩
私という男は、何という気違いでありましょう。それ程の苦しみを忍んでも、不思議な感触の世界を見捨てる気になれなかったのでございます。
江戸川乱歩
私は生れつき、世にも醜い容貌の持主でございます。これをどうか、はっきりと、お覚えなすっていて下さいませ。
江戸川乱歩
ただ一つ、私の作った椅子丈けが、今の夢の名残(なご)りの様に、そこに、ポツネンと残って居ります。でも、その椅子は、やがて、いずことも知れぬ、私達のとは全く別な世界へ、運び去られて了うのではありませんか。
江戸川乱歩
それは、夢の様に荒唐無稽(こうとうむけい)で、非常に不気味な事柄でした。でも、その不気味さが、いいしれぬ魅力となって、私をそそのかすのでございます。
江戸川乱歩
私は丁度あの「やどかり」でございました。貝殻の代りに、椅子という隠家を持ち、海岸ではなくて、ホテルの中を、我物顔に、のさばり歩くのでございます。
江戸川乱歩
私の様な醜い、そして気の弱い男は、明るい、光明の世界では、いつもひけ目を感じながら、恥かしい、みじめな生活を続けて行く外に、能のない身体でございます。
江戸川乱歩
椅子の中の恋(!)それがまあ、どんなに不可思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に椅子の中へ這入って見た人でなくては、分るものではありません。
江戸川乱歩
やっぱり、日本人は、同じ日本人に対してでなければ、本当の恋を感じることが出来ないのではあるまいか。
江戸川乱歩
奥様、あなたは、無論、とっくに御悟(おさと)りでございましょう。その私の恋人と申しますのは、余りの失礼をお許し下さいませ。実は、あなたなのでございます。
江戸川乱歩
彼女が毎日腰かけていた、あの肘掛椅子の中には、見も知らぬ一人の男が、入っていたのであるか。
江戸川乱歩
表題は「人間椅子」とつけたい考えでございます。
江戸川乱歩
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