嗚呼、いかにしてか此恨を銷せむ。
森鷗外舞姫」(1890)
切なさ、悲しみ、苦悩心に深く刻み込まれた消せない苦しみに直面したとき
嗚呼、彼も一時。舟の横浜を離るるまでは、天晴豪傑と思ひし身も、せきあへぬ涙に手巾を濡らしつるを我れ乍ら怪しと思ひしが、これぞなか/\に我本性なりける。
森鷗外舞姫」(1890)
自己認識、孤独、切なさ自分の弱さに気づき、本当の自分を直視したいとき
古きものを愛護しつつ新しき知識を求める人であれば、人を導く資格がある。
下村湖人現代訳論語」(1949)
知恵伝統と革新のバランスに悩むとき
私は丁度あの「やどかり」でございました。貝殻の代りに、椅子という隠家を持ち、海岸ではなくて、ホテルの中を、我物顔に、のさばり歩くのでございます。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
快感、自由、狂気自分の行動を客観視したいとき、または倫理観と欲望の葛藤に苦しむとき
表の大通りには往来が絶えない。声高に話し合って、カラカラと日和下駄を引きずって行くのや、酒に酔って流行唄をどなって行くのや、至極天下泰平なことだ。そして、障子一重の家の中には、一人の女が惨殺されて横わっている。何という皮肉だ。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
無常感、虚無感日常と非日常の境界に直面したとき、世界の不条理を感じたいとき
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
宮沢賢治農民芸術概論綱要」(1926)
使命感自分だけの幸せに疑問を感じたとき
それは分っても、自分の鼻をまるで物品のように取扱うのが、不愉快に思われたからである。
芥川龍之介」(1916)
屈辱感、怒り自分の弱みや劣等感を他者に見られ、対象化されるとき
兵十は火縄銃(ひなわじゅう)をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
衝撃、絶望取り返しのつかないことが起きた瞬間
頭のいい人は、言わば富士のすそ野まで来て、そこから頂上をながめただけで、それで富士の全体をのみ込んで東京へ引き返すという心配がある。富士はやはり登ってみなければわからない
寺田寅彦科学者とあたま」(1933)
納得理解したつもりで済ませてしまうとき
ゴーシュは町の活動写真館で セロを弾く係りでした。 けれどもあんまり上手でないという評判でした。
宮沢賢治セロ弾きのゴーシュ」(1934)
切なさ自分の実力不足を痛感しているとき
南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
宮沢賢治雨ニモマケズ」(0)
勇気, 優しさ, 覚悟誰かを助けたいとき, 恐怖に直面したとき
我を救ひ玉へ、君。わが恥なき人とならんを。
森鷗外舞姫」(1890)
切なさ、絶望、哀願人生の岐路に立たされ、誰かに助けを求めたいとき
わざわざ東京から、こんな奴を教えに来たのかと思ったら情なくなった。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
絶望、虚無感田舎の生徒たちの浅薄さに幻滅したとき
それだけの善い事をした報(むくい)には、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。
芥川龍之介蜘蛛の糸」(1918)
希望小さな善行でも救われる可能性があると知りたいとき
金は何度もなくなった。 しかし蝶子のど根性は なくならなかった。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
根性何度でも立ち上がりたいとき
既に二十六の良平には、 そんな事を思い出しても、 別段何とも思わない筈である。 しかし彼はどうかすると、 全然何の理由もないのに、 その時の彼を思い出す事がある。
芥川龍之介トロッコ」(1922)
切なさふと子ども時代を思い出すとき
良平は毎日それを見る度に、 トロッコへ乗りたくてたまらなかった。
芥川龍之介トロッコ」(1922)
好奇心何かにどうしようもなく惹かれるとき
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは。」
新美南吉ごんぎつね」(1932)
悲しみ、後悔、衝撃真実を知ったのが遅すぎたとき
もう、こんな事が三日も続けば、キット死んでしまう人もいます。――ちょっとでも金のある家ならば、まだ学校に行けて、無邪気に遊んでいれる年頃の私達は、こんなに遠く……
小林多喜二蟹工船」(1929)
切なさ, 悲しみ, 決意不公正さに怒りを感じ、声を上げたいとき
……自分で自分を忘れてしまっている……。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
恐怖, 孤独自らのアイデンティティを失い、パニックに陥ったとき