空っぽの記憶の中に、空っぽの私が生きている。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
この古くて疲れ果てた街道にも生気の注ぎ入れられる日の来ることを想像した
島崎藤村破戒」(1906)
僕の魂のアフリカはどこまでもぼうぼうと広がっている。
芥川龍之介或阿呆の一生」(1927)
私はもうこの世にはいないでしょう。とっくに死んでいるでしょう。
夏目漱石こころ」(1914)
僕はいつでも僕自身だ。ただ皮は変わるだろう。
芥川龍之介或阿呆の一生」(1927)
熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中の方が広いでしょう
夏目漱石三四郎」(1908)
人もし事をなし、もしくは思を運らす時に当って、おのれが胸裏の消息に注意して見よ。
幸田露伴努力論」(1912)
私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために走っているのだ。
太宰治走れメロス」(1940)
これは、こっちの方が人気があるわい。
横光利一」(1923)
人間は、二つの魂の誕生を持っているといえよう。
中井正一美学入門」(1941)
我より福を分ち与うれば、人もまた我に福を分ち与うべく、天道は復すことを好む。
幸田露伴努力論」(1912)
お前はもう帰れ。俺たちは今日は向こう泊まりだから。
芥川龍之介トロッコ」(1922)
石をもて追はるるごとくふるさとを出でしかなしみ消ゆる時なし
石川啄木一握の砂」(1910)
私は恥じます。これからは一回一円ずつ払いなさい。
小泉節子思い出の記」(1908)
朝御飯が一番おいしくなるようにならなければ
太宰治斜陽」(1947)