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柳吉はええ加減な男であった。 しかし、ええ加減な男には ええ加減な男なりの 愛嬌があった。
織田作之助「夫婦善哉」
背景解説
「ええ加減」を二回重ねてるのがオダサク節。普通なら批判の言葉なのに、「愛嬌」って付け加えることで全部許しちゃう。大阪人の懐の深さというか、完璧じゃない人間を愛する文化がここにある。
完璧じゃないから、愛される。
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『夫婦善哉』の他のひとふみ
蝶子は柳吉に惚れていた。 惚れた相手なら仕方がないと 思うのが女の悲しさであった。
織田作之助
二人は何度も商売に手を出しては 失敗した。しかし二人でいる限り、 不思議と世の中が 終わった気はしなかった。
織田作之助
大阪の街は どん底の二人にも優しかった。 安い飯屋の湯気の向こうに、 人間の温もりがあった。
織田作之助
柳吉は泣いた。 蝶子も泣いた。 しかしそれは別れの涙ではなく、 まだ一緒にいるという涙であった。
織田作之助
蝶子は思った。 この人はあかん人や。 あかん人やけど、 うちのあかん人や。
織田作之助
金は何度もなくなった。 しかし蝶子のど根性は なくならなかった。
織田作之助
喧嘩ばかりしていた。 しかし喧嘩のできる相手こそが、 本当の連れ合いなのだと 蝶子は知っていた。
織田作之助
法善寺横丁の水掛不動の前を 二人は並んで歩いた。 何度この道を通ったことか。 足が覚えている道であった。
織田作之助
「めおとで食べたら 御利益がありまっせ」 と言われて、二人は善哉を頼んだ。 甘い善哉が、 二人の口に沁みた。
織田作之助
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