私はしらずしらず教壇の方へ行って、ボールドに姉さんという字をかいていた。
室生犀星幼年時代」(1919)
私は決して寂しく感ぜず、また孤独感で少しでも圧迫されたことはなかった
ソロー森の生活」(1854)
私の出費は一年間でたった二十七ドル、四分の一セントだった。
ソロー森の生活」(1854)
ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
お前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね
夏目漱石夢十夜」(1908)
このことから、神が欺く者であり得ないことは十分に明らかである。
デカルト省察」(1641)
春みじかし何に不滅ふめつの命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
与謝野晶子みだれ髪」(1901)
天は人に富や身分を与えるのではなく、その人の働きに与えるものである
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
文学を専門的にまでやる人で長寿と幸福を二つとも揃って得ている人は少ない。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(17 絵合)」(1914)
指導者は全部、無学であった。常識のレベルにさえ達していなかった。
太宰治黄金風景」(1939)
すると侍が、すらりと刀を抜いて、お母さんと子どもたちの前にやってきました。
新美南吉飴だま」(1943)
そしてナオミが来てくれたら、彼女は女中の役もしてくれ、小鳥の代わりにもなってくれよう。
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
生きてる頭を、死んだ講義で封じ込めちゃ、助からない
夏目漱石三四郎」(1908)