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まだグレゴールはここにいて、自分の家族を見捨てようなどとは、ほんの少しだって考えてはいないのだ。
フランツ・カフカ「変身」(0)
決意, 切なさ
家族のために自分を犠牲にする覚悟を決めたとき
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そしてそれが花の精かも知れないと怖れることだけは忘れませんでした。
坂口安吾「桜の森の満開の下」(1947)
畏怖、本能的恐怖
美しいものの正体を疑うとき
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私はこの小娘の下品な顔だちを好まなかった。 それからまた大きすぎる風呂敷包みが不快であった。
芥川龍之介「蜜柑」(1919)
切なさ
知らない人にイラッとしちゃうとき
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ただ懲役に行かないで生きているばかりである。
夏目漱石「坊っちゃん」(1906)
虚無, 悲しみ, 諦念
人生の意味を問いたくなったとき
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あの気詰りな丸善も 木っ端微塵だろう
梶井基次郎「檸檬」(1925)
爽快
全部ぶっ壊したくなったとき
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この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯(ひきょう)であったと悟った。
夏目漱石「三四郎」(1908)
覚醒、後悔と決意の混在、解放感
自分の過去の思考に向き合い、本当の意味で新しい世界へ踏み出したいとき
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努力して居る、若くは努力せんとして居る、といふことを忘れて居て、そして我が爲せることがおのづからなる努力であつて欲しい。
幸田露伴「努力論」(1912)
憧れ
本当に夢中になれるものを探しているとき
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黒い水の面にはきらきらと美しい星の影が映っていた。
森鷗外「高瀬舟」(1916)
静けさ、余韻
答えの出ない問いを抱えて夜を過ごすとき
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生きることは、もっとわけの分らぬものだ。
坂口安吾「堕落論」(1947)
困惑、諦観、深い思索
人生の意味や目的について迷ったとき
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我脳中には唯我は免(ゆる)すべからぬ罪人なりと思ふ心のみ満ち/\たりき。
森鷗外「舞姫」(1890)
罪悪感、絶望、孤独
自分の選択がもたらす結果に直面し、取り返しのつかない過ちを犯したと感じるとき
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その他はただ青き山と原野なり。
柳田国男「遠野物語」(1910)
孤独, 静寂
文明から遠く離れた土地の風景を目にしたとき
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私死にましたの知らせ、要りません。若し人が尋ねましたならば、はああれは先頃なくなりました。それでよいです
小泉節子「思い出の記」(1908)
潔さ, 静寂への憧憬
自分の死後、周囲が悲しむことを望まないとき
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われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しなりともよくして往こうではないか
内村鑑三「後世への最大遺物」(1897)
決意
自分の人生の意味を見出したいとき
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「科学者になるには『あたま』がよくなくてはいけない」これは普通世人の口にする一つの命題である。これはある意味ではほんとうだと思われる。しかし、一方でまた「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」という命題も、ある意味ではやはりほんとうである
寺田寅彦「科学者とあたま」(1933)
知的好奇心
頭の良さとは何かを考えたとき
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何アんだ、俺達と同じ人間ではないか、ということが、然し直ぐ分らさった。
小林多喜二「蟹工船」(1929)
発見, 希望, 共感の転換
ロシア人に助けられ、はじめての人間的なふれあいを経験したとき
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自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならない
夏目漱石「私の個人主義」(1914)
納得
自分の自由と他者の自由の折り合いに悩むとき
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もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。
岡倉天心「茶の本」(1906)
痛快
「強さ」の意味を考えたいとき
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吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘(わがまま)なものだと断言せざるを得ないようになった。
夏目漱石「吾輩は猫である」(1905)
怒り、諦観
人間の身勝手さに気づいたとき
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何が人生において最もよきことぞと問い顧みるとき、官能を透してくる物質の快楽よりも、恋する女と、愛する友と相抱いて、胸をぴたりと融合して、至情と至情との熱烈なる共鳴を感ずるそのときである。
倉田百三「愛と認識との出発」(1921)
愛の本質
人生で本当に大切なものを見つめ直したいとき
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ずるけてサボるんでねえんだ。働けねえからだよ
小林多喜二「蟹工船」(1929)
悔しさ, 絶望
自分の身体が限界に達したとき
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