自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊(たっ)とく見える事はない。
夏目漱石吾輩は猫である
背景解説
つまりね、自分がバカだってことに気づける人ほど、実は尊い存在だってことなんですよ。自分の欠点を認められるって、すごくシンプルだけど難しいじゃないですか。漱石は猫の視点を借りて、人間が自分をちゃんと見つめる大切さを皮肉たっぷりに伝えてます。
でも、そんなふうに自分と向き合える人間は、この作品に登場する主人公たちの中にどれくらいいるんでしょうか?
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吾輩は猫である』の他のひとふみ
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
夏目漱石
別にこれという分別も出ない。
夏目漱石
吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘(わがまま)なものだと断言せざるを得ないようになった。
夏目漱石
元来人間というものは自己の力量に慢じてみんな増長している。少し人間より強いものが出て来て窘(いじ)めてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない。
夏目漱石
吾輩は猫である。名前はまだない
夏目漱石
人間てものあ体(てい)の善(い)い泥棒だぜ
夏目漱石
自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊(たっ)とく見える事はない。
夏目漱石
人間は吾身が怖ろしい悪党であると云う事実を徹骨徹髄に感じた者でないと苦労人とは云えない。
夏目漱石
人間というものは到底(とうてい)吾輩猫属(ねこぞく)の言語を解し得るくらいに天の恵(めぐみ)に浴しておらん動物である
夏目漱石
相互を残りなく解するというが愛の第一義であるということすら分らない男なのだから仕方がない
夏目漱石
吾輩は頭をもって活動すべき天命を受けてこの娑婆(しゃば)に出現したほどの古今来(ここんらい)の猫であれば、非常に大事な身体である。
夏目漱石
形体以外の活動を見る能(あた)わざる者に向って己霊(これい)の光輝を見よと強(し)ゆるは、坊主に髪を結(い)えと逼(せま)るがごとく、鮪(まぐろ)に演説をして見ろと云うがごとく、電鉄に脱線を要求するがごときものである。
夏目漱石
心さえ自由にする修業をしたら、落雲館の生徒がいくら騒いでも平気なものではないか
夏目漱石
西洋の文明は積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ
夏目漱石
いくら功徳になっても訓戒になっても、きたない者はやっぱりきたないものだから
夏目漱石
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