人は、完全なたのもしさに接すると、まず、だらしなくげらげら笑うものらしい。
太宰治富嶽百景」(1939)
時代は全然変わらないと思う。
太宰治黄金風景」(1939)
あの口笛も、ひょっとしたら、父の仕業ではなかったろうか
太宰治葉桜と魔笛」(1939)
そりゃもう、僕にくらべたら、どんな男でも、あほらしく見えるんだからね。
太宰治」(1947)
富士の頂角(ちょうかく)について、広重(ひろしげ)の富士は八十五度、文晁(ぶんてう)の富士も八十四度くらい。
太宰治富嶽百景」(1939)
私の新体制も、ロマンチシズムの発掘以外にはないようだ。
太宰治畜犬談」(1939)
私だって昔は浅草の父の屋台で、客あしらいは決して下手ではなかったのだから。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
これが私たち親子が神さまからいただいた短い休息の期間であったとしても
太宰治斜陽」(1947)
自分には、人間の生活というものがよくわからないのです。
太宰治人間失格」(1948)
私は、人間が嫌いです。いいえ、こわいのです。
太宰治待つ」(1942)
私は議論をして、勝ったためしがない。
太宰治魚服記」(1933)
清い者は清く、濁れる者は濁ったままで暮して行くより他はない。
太宰治畜犬談」(1939)
立派な身なりの、五十年配の奥さんが、椿屋の勝手口にお酒を売りに来て、一升三百円、とはっきり言いまして。
太宰治ヴィヨンの妻」(1947)
はっきり言おう。くどくどと、あちこち持って回った書き方をしたが、実はこの小説、夫婦喧嘩の小説なのである。
太宰治魚服記」(1933)
もう、どうでもいいという、勇者に似つかわしくない投げやりな根性が、心の隅に巣食った。
太宰治走れメロス」(1940)
朝御飯が一番おいしくなるようにならなければ
太宰治斜陽」(1947)