何事も無力な母のそばにおりましては気の毒でございます。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(19 薄雲)」(1914)
自己犠牲自分の力不足を痛感するとき
年とともに若い思想を強めたいと思う。
新渡戸稲造自警録」(1916)
希望年齢を重ねることに不安を感じるとき
あいつはいつも歪んだ顔をして、窓のそばに突っ立っている。
萩原朔太郎月に吠える」(1917)
恐怖誰かに見られているような気がするとき
私は恋というものを(たびたび申し上げたように)あまり好ましく思わないようになっているのです。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
諦念愛について深く考え抜いた末に到達した境地
えらい駆け落ちをしてしまったという悔いが一瞬あった。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
後悔取り返しのつかないことをしたと気づいたとき
人間は、二つの魂の誕生を持っているといえよう。
中井正一美学入門」(1941)
覚悟人生の真実に直面するとき
「生」において、「美」は死滅する。しかし、「芸術」においては、死滅しない。
レオナルド・ダ・ヴインチレオナルド・ダ・ヴインチの手記」(1914)
希望創作活動の意味を問い直したいとき
おれたちは、これで、うまく行ってる方じゃないかなあ。
岸田国士紙風船」(1925)
迷い関係の良し悪しを客観視しようとしたとき
内供は人を見ずに、ただ、鼻を見た。
芥川龍之介」(1916)
孤独自分と同じ悩みを抱える人を必死に探しているとき
春は眠くなる。猫は鼠を捕ることを忘れ、人間は借金のあることを忘れる。
夏目漱石草枕」(1906)
のどか春の陽気に包まれたとき
私はこの時初めて、言いようのない疲労と倦怠とを、そして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅かに忘れることができたのである。
芥川龍之介蜜柑」(1919)
希望小さな光を見つけたとき
媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
好奇心人間関係の微妙な駆け引きを理解したいとき
人が自分を知ってくれないということは少しも心配なことではない。
下村湖人現代訳論語」(1949)
静寂評価されないことに悩むとき
我輩は新年来多少有名になったので、猫ながらちょっと鼻が高く感じられる
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
得意評価されたとき
道徳の根本概念は我と物でなく、我と汝である。
三木清哲学入門」(1940)
深刻道徳について考え始めるとき
清い者は清く、濁れる者は濁ったままで暮して行くより他はない。
太宰治畜犬談」(1939)
諦念価値観の違いから相手と分かり合えないと感じたとき
春みじかし何に不滅ふめつの命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
与謝野晶子みだれ髪」(1901)
情熱生きている実感がほしいとき
このことから、神が欺く者であり得ないことは十分に明らかである。
デカルト省察」(1641)
畏敬人生の根本的支えを求めるとき
もう先生に抱かれたまま死んでしまいたいような心持ちになってしまいました。
有島武郎一房の葡萄」(1920)
慈愛深い愛情に包まれて安らぎを感じるとき
底のきれいでない水に映る月は曇らないはずはないのだからね
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(26 常夏)」(1914)
皮肉人の過去の行いを振り返るとき