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福翁自伝
福沢諭吉(1899年)
エッセイ
約525分
210,133字
自伝
明治維新
洋学
反骨精神
独立自尊
慶應義塾
遣外使節
あらすじ — 門閥制度に反発し、独立自尊を貫いた福沢諭吉の痛快な半生記
幕末から明治にかけて、封建制度への反骨精神を燃やしながら蘭学・洋学を修め、慶應義塾を創設した福沢諭吉の自伝。中津藩の下級武士として生まれ、門閥制度への不満から学問の道へ。大阪での修業時代、アメリカ・ヨーロッパへの遣外使節団参加を経て、明治維新の激動期を独立自尊の精神で生き抜いた人生を、ユーモア溢れる筆致で描く。
この作品のひとふみ
門閥制度は親の敵で御座る
福沢諭吉
馬鹿々々しい、こんな処に誰が居るものか
福沢諭吉
喜怨色に顕さず
福沢諭吉
左伝十一度び読返して、面白い処は暗記して居た
福沢諭吉
乃公は総領で家督をして居るが、如何かして六かしい家の養子になって見たい
福沢諭吉
馬鹿め、乃公の入れて置いた石に御神酒を上げて拝んでるとは面白い
福沢諭吉
銭は家の銭だ、盗んだ銭じゃないぞと云うような気位で
福沢諭吉
ソレを見て私等は皆大に落胆仕ました
福沢諭吉
是れから以来は一切万事英語と覚悟を極めて
福沢諭吉
文身だらけの町の破落戸と緒方の書生ばかりが得意の定客
福沢諭吉
如何に英仏その他の国々に金満家が多いとて、他国の地面を買て城を築くような馬鹿気た商人はありますまい
福沢諭吉
瓢箪(兵端)の開け初めは冷(火矢)でやる
福沢諭吉
戦争の時ぐらい米と味噌の邪魔になるものはない
福沢諭吉
唯其の独立を全するが為めに」
福沢諭吉
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず
福沢諭吉
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