❝
指導者は全部、無学であった。常識のレベルにさえ達していなかった。
太宰治「黄金風景」(1939)
❝
生きているということ。ああ、それは、何というやりきれない息も絶え絶えの大事業だろうか。
太宰治「斜陽」(1947)
❝
本当に私は、どれが本当の自分だか分からない。
太宰治「女生徒」(1939)
❝
ああ、このような経験を、私はこれまで、何百回、何千回、くりかえしたことか。
太宰治「朝」(1947)
❝
桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。
太宰治「葉桜と魔笛」(1939)
❝
人間三百六十五日、何の心配もない日が、一日、いや半日あったら、それは幸せな人間です。
太宰治「ヴィヨンの妻」(1947)
❝
しらじらと夜が明けていたのである。
太宰治「朝」(1947)
❝
あの口笛も、ひょっとしたら、父の仕業ではなかったろうか
太宰治「葉桜と魔笛」(1939)
❝
以下に記すのは、あの聊斎志異(りょうさいしい)の中の一編である。
太宰治「畜犬談」(1939)
❝
富士の頂角(ちょうかく)について、広重(ひろしげ)の富士は八十五度、文晁(ぶんてう)の富士も八十四度くらい。
太宰治「富嶽百景」(1939)
❝
自分には、人間の生活というものがよくわからないのです。
太宰治「人間失格」(1948)
❝
人は、完全なたのもしさに接すると、まず、だらしなくげらげら笑うものらしい。
太宰治「富嶽百景」(1939)