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村人の永住の地を去らんとする者とかりそめに入りこみたる旅人とまたかの悠々たる霊山とを黄昏は徐に来たりて包容し尽したり。
柳田国男「遠野物語」
背景解説
昔の日本の山村で、ずっと住んでいる人も、たまたま通りかかった旅人も、そして見えない霊たちも、夕暮れ時になると全部が一つの光に包まれちゃう。つまり、日常と非日常、現実と幻想の境目が溶けて、全部が同じ時間に存在してるみたいな感覚だね。これって、昔の人がどれだけ自然と怖さと神聖さを一体で感じてたかってのが伝わってくる。
その黄昏の中で、旅人は何を見たのか、村人は何に怯えたのか——遠野の夜は、まだ始まったばかりだった。
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『遠野物語』の他のひとふみ
この書を外国に在る人々に呈す
柳田国男
願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。
柳田国男
自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。
柳田国男
その他はただ青き山と原野なり。
柳田国男
馬を駅亭の主人に借りて独り郊外の村々を巡りたり。
柳田国男
小字(こあざ)よりさらに小さき区域の地名は持主にあらざればこれを知らず。
柳田国男
始めは小さき鶏かと思いしが溝(みぞ)の草に隠れて見えざればすなわち野鳥なることを知れり。
柳田国男
日は傾きて風吹き酔いて人呼ぶ者の声も淋しく女は笑い児は走れどもなお旅愁をいかんともする能わざりき。
柳田国男
ここにのみは軽く塵たち紅き物いささかひらめきて一村の緑に映じたり。
柳田国男
あたかもくたびれたる人のごとく仰臥してありたり。
柳田国男
かかる話を聞きかかる処を見てきてのちこれを人に語りたがらざる者果してありや。
柳田国男
これはこれ目前の出来事なり。
柳田国男
この責任のみは自分が負わねばならぬなり。
柳田国男
問題の大小をも弁(わきま)えず、その力を用いるところ当(とう)を失えりという人あらば如何(いかん)。
柳田国男
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