わたしはもう生きていけません。
新美南吉でんでんむしのかなしみ」(1935)
絶望自分の中の悲しみに押しつぶされそうなとき
非人情がちと強過ぎたようだ。
夏目漱石草枕」(1906)
自嘲、切なさ、悟り高い理想を掲げたはずなのに、現実の前に挫折するとき
内心では勿論弟子の僧が、自分を説伏(ときふ)せて、この法を試みさせるのを待っていたのである。
芥川龍之介」(1916)
切なさ, 決意自分を変えたいのに、誰かの後押しを待っているとき
『あなたどう思いますか』などと申しました。
小泉節子思い出の記」(1908)
切なさ、不安、喜びと心配の相反心から望んだものを手に入れたのに、それが永遠に続かないことへの恐れを感じるとき
人は務めている間は、迷うに極まったものだからな。
ゲーテファウスト」(1808)
慰め何が正しいかわからず迷い続けているとき
野暮は垣根の外がまへ、三千楼の色競べ、意気地くらべや張競べ
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
かっこよさの本質を知りたいとき
たとい如何なる目を見ようとも、 如何なる人に邂逅おうとも、 決してそれは打ち明けるな。 一旦の憤怒悲哀から、 若しそれを白状するような事があったら、 その時こそお前の一生の 不幸だと思え。
島崎藤村破戒」(1906)
緊張自分のことを隠さなければならないとき
俺は俺に間違いないじゃないか。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
開き直り、決意自分が何者であるかわからなくなったとき、それでも自分は自分であると確認したいとき
今まではあまり類例のなかった私たちの如(ごと)き夫婦関係も、追い追い諸方に生じるだろうと思われますから。
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
希望自分たちの人生経験が普遍的な価値を持つと気づいたとき
御者は赤い西日の中に手綱を引き緊めると、鞭の先で遙か眼の下の町を指した。
横光利一」(1923)
緊張、美しさ美しい風景の中に潜む危険を感じ取りたいとき
「論語」は実に孔子を、従って儒教を、また従って東洋を知るための最も貴重な鍵の一つなのである。
下村湖人現代訳論語」(1949)
畏敬,発見東洋文化の根源を探ろうとするとき
内供は人を見ずに、ただ、鼻を見た。――しかし鍵鼻(かぎばな)はあっても、内供のような鼻は一つも見当らない。
芥川龍之介」(1916)
孤独自分と同じ苦しみを持つ人を探したいとき
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
中原中也山羊の歌」(1934)
哀愁,ノスタルジア寂しい場所で一人、何かを眺めているとき
今の己が残りの人間の心を 失えば、恐らく獣としての 己の中に完全に 沈んでしまうであろう。
中島敦山月記」(1942)
恐怖自分が変わっていく不安を感じたとき
銭は家の銭だ、盗んだ銭じゃないぞと云うような気位で
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
誇り,反骨武士らしからぬ商売をしても堂々としていたとき
参謀本部編纂の地図をまた繰開いて見るでもなかろう、と思ったけれども、余りの道の険しさに、つい手が出た。
泉鏡花高野聖」(1900)
不安未知の道に踏み出す不安を感じたとき
思いがけなく来る通信に黒枠のものが次第に多くなる年齢に私も達したのである。
三木清人生論ノート」(1941)
哀愁,諦観年を重ね、親しい人たちとの別れが増えてきたとき
美しく生きたいと思います。
太宰治女生徒」(1939)
決意自分を変えたいと思ったとき
吾輩は頭をもって活動すべき天命を受けてこの娑婆(しゃば)に出現したほどの古今来(ここんらい)の猫であれば、非常に大事な身体である。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
誇り, 自己主張自分の価値を社会に認めさせたいとき
些細なことが私達を慰める。何故といふに些細なことが私達を悲ませるから。
パスカルパスカルの言葉」(1943)
共感小さなことで落ち込んだり元気が出たりするとき