個性の違った恋人を幾人も得た人生の行路に、その人がいたならばと残念に思われることが多かった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(22 玉鬘)」(1914)
ある曇った冬の日暮れである。
芥川龍之介蜜柑」(1919)
旅が単なる「同一空間における同一事物の移動」にすぎないことを教えてくれた。
萩原朔太郎猫町」(1935)
○病床六尺、これが我世界である。
正岡子規病床六尺」(1902)
省線のその小さな駅に、私は毎日、人をお迎えに行きます。
太宰治待つ」(1942)
暗殺ばかりは家内の者へ言えば当人よりはかえって家の者が心配するでしょう、心配してくれてもそれが何の役にも立たない
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
ある日の夕方のことである。
芥川龍之介羅生門」(1915)
寒い冬が北方から、狐の親子の住んでいる森へもやって来ました。
新美南吉手袋を買いに」(1943)
「おい地獄(じごく)さ行くんだで!」二人はデッキの手すりに寄りかかって、……
小林多喜二蟹工船」(1929)
いやなんですあなたのいってしまうのが――花よりさきに実のなるような種子(たね)よりさきに芽の出るような夏から春のすぐ来る
高村光太郎智恵子抄」(1941)
それはまだ人々が「愚」という貴い徳を持っていて、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。
谷崎潤一郎刺青」(1910)
年月がどんなにたっても、源氏は死んだ夕顔のことを少しも忘れずにいた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(22 玉鬘)」(1914)
けざやかにめでたき人ぞ在ましたる野分が開くる絵巻のおくに  (晶子)中宮(ちゅうぐう=皇后)のお住まいの庭へ植えら……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(28 野分)」(1914)
三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思うと、馬鹿々々しくなる。
田山花袋蒲団」(1907)
雪ちるや日よりかしこくめでたさも上なき君の玉のおん輿    (晶子)源氏は玉鬘に対してあらゆる好意を尽くしているの……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(29 行幸)」(1914)
青海の波しずかなるさまを舞ふ若き心は下に鳴れども      (晶子)朱雀院の行幸は十月の十何日かということになっていた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(07 紅葉賀)」(1914)
盛りなる御代の后に金の蝶しろがねの鳥花たてまつる      (晶子)三月の二十日過ぎ、……
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(24 胡蝶)」(1914)