行け。勇んで。小さき者よ。
有島武郎小さき者へ」(1918)
激励背中を押してほしいとき
そいじゃ、これで切りあげよう。なあに戻りに、昨日の宿屋で、山鳥を拾円も買って帰ればいい。
宮沢賢治山越え」(1921)
諦観, 虚無感無意味な努力の終わりを受け入れるとき
それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
感動自分には何も残せないと感じたとき
やっぱり、日本人は、同じ日本人に対してでなければ、本当の恋を感じることが出来ないのではあるまいか。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
切なさ、渇望異国人との関係に精神的な満たされなさを感じているとき
「ナオミを『偉くすること』と、『人形のように珍重すること』と、この二つが果して両立するものかどうか?―――今から思うと馬鹿げた話ですけれど、彼女の愛に惑溺して眼が眩んでいた私には、そんな見易い道理さえが全く分らなかったのです。」
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
後悔、自己欺瞞への気づき、絶望自分の矛盾した願いに気づき、それが実現不可能だったことを認識するとき
文字を読むことのみを知りて物事の道理をわきまえざる者はこれを学者と言うべからず。いわゆる「論語よみの論語しらず」とはすなわちこれなり。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
怒り、痛烈な批判知識があっても実生活に活かせていない自分に気づいたとき
へつらうまい驕るまいと気を使うのは、まだ君の心のどこかに、へつらう心や驕る心が残っているからではあるまいかの。
下村湖人論語物語」(1938)
衝撃自分の謙虚さに自信を持っていたとき
自分と野々宮を比較してみるとだいぶ段が違う。自分は田舎から出て大学へはいったばかりである。学問という学問もなければ、見識という見識もない。
夏目漱石三四郎」(1908)
劣等感, 自己否定好きな女性に軽んじられていることに気づいたとき
トロメライ、ロマチックシューマン作曲。 弾いてごらんなさい。
宮沢賢治セロ弾きのゴーシュ」(1934)
好奇心思いがけない相手から教わるとき
富士が、よかつた。
太宰治富嶽百景」(1939)
安らぎ何かに救われた気がしたとき
小供に学問をさせるのも、好し悪しだね。せっかく修業をさせると、その小供は決して宅へ帰って来ない。これじゃ手もなく親子を隔離するために学問させるようなものだ
夏目漱石こころ」(1914)
切なさ, 後悔, 孤独親の愛情と子どもの将来についての葛藤を感じたとき
真理はあらゆる人によって承認さるべき要求を含んでいる。
三木清哲学入門」(1940)
厳粛正しさについて考えたいとき
もう人間は愛想がつきました。どうか私を弟子にして下さい。
芥川龍之介杜子春」(1920)
絶望、決意人間関係に疲れ果てて、全てを捨てたくなるとき
喜びの深きとき憂いよいよ深く、楽みの大いなるほど苦しみも大きい。
夏目漱石草枕」(1906)
悲しみ、深い洞察人生の喜怒哀楽の矛盾に気づいたとき、幸福と不幸が表裏一体であることを感じたとき
それは赤い頬をした三人の男の子が、 目白押しに並んで立っていた。
芥川龍之介蜜柑」(1919)
切なさ大切な人との別れの場面に立ち会ったとき
武蔵野に散歩する人は、 道に迷うことを苦にしてはならない。
国木田独歩武蔵野」(1898)
解放感迷うことを恐れているとき
箱根あたりの、何から何まで行き届いた西洋人に向く宿屋よりも、こんなのがかえって気に入りました。
小泉節子思い出の記」(1908)
驚き、共感不気味で粗末な山中の宿に泊まったとき
弓というものがどんな物であったか、それも思い出せぬ。
中島敦名人伝」(1942)
衝撃、悟り何かに執着しすぎている自分に気づいたとき
わざわざ東京から、こんな奴を教えに来たのかと思ったら情なくなった。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
絶望、虚無感田舎の生徒たちの浅薄さに幻滅したとき
ただもう、無性(むしょう)にわなをしかけてみたくなったのです。
江戸川乱歩怪人二十面相」(1936)
決意子どもながらに家族を守りたいという衝動に駆られたとき