隠すということは、自分で自分を殺すということだ。
島崎藤村破戒」(1906)
絶望,苦悩自分の出自を隠し続けることに疲れ果てたとき
生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。
坂口安吾堕落論」(1947)
決意人生に迷い、理想と現実のギャップに苦しんでいるとき
悲しみは誰でも持っているのだ。わたしばかりではないのだ。わたしはわたしの悲しみをこらえて行かなければならない。
新美南吉でんでんむしのかなしみ」(1935)
覚悟、孤独の受容自分だけが不幸だと思い込んでいたことに気づいたとき
どんな人間にだって、よしんばただのひとところだけでも、他人(ひと)からいたわってもらえるところがなくちゃなりませんからな!
ドストエフスキー罪と罰」(0)
切なさ自分の惨めさを認識しながらも、人間らしい尊厳を求めるとき
この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう。
夏目漱石こころ」(1914)
悲しみ, 孤独, 静寂人生の終わりに直面するとき
人が自分を知ってくれないということは少しも心配なことではない。自分が人を知らないということが心配なのだ。
下村湖人現代訳論語」(1949)
解放自分の努力が誰にも認められないと感じるとき
自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊(たっ)とく見える事はない。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
悟り、自覚、謙虚さ自分の愚かさに気づいたとき、人生に迷っているとき
ただ懲役に行かないで生きているばかりである。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
虚無, 悲しみ, 諦念人生の意味を問いたくなったとき
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
自嘲, 諦観自分の人生を冷徹に見つめたいとき
富士が、よかつた。
太宰治富嶽百景」(1939)
安らぎ何かに救われた気がしたとき
戒めは破られた。 しかし丑松の心は 不思議に晴れやかであった。
島崎藤村破戒」(1906)
解放重荷を下ろした瞬間
私という男は悪い癖で、カフェに入るとどうも長尻(ながっちり)になる。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
自己認識、虚無感人生に目的を失い、日々を無為に過ごしているとき
小事、小事が大事だ! こういう小事が、往々万事を打ちこわすのだ
ドストエフスキー罪と罰」(0)
焦燥感と緊張細部の重要性を痛感し、計画の成否が些細なことに左右されることに気づいたとき
友達として清く附き合うのと、誘惑されて又ヒドイ目に遭わされるのと、孰方(どっち)がよくって?―――あたし今夜は譲治さんを脅迫するのよ
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
誘惑, 支配欲, 悪意の喜び相手が自分に逆らおうとするとき
ああ、実に! なんという汚らわしい事だろう! いったい、いったいおれが……いや、これは無意味(ノンセンス)だ、これは愚にもつかぬことだ!
ドストエフスキー罪と罰」(0)
怒り・葛藤自分の思考の汚さに直面したとき
孔子は一生こつこつと地上を歩きながら、天の言葉を語るようになった人である。天の言葉は語ったが、彼には神秘もなければ、奇蹟もなかった。
下村湖人論語物語」(1938)
敬意特別な才能がない自分に自信が持てないとき
糞(ふん)はどこぞに着いておらぬかと眺(なが)めて見たが、それは箱のなかに取り残されていた
夏目漱石草枕」(1906)
諦観, 黒い笑い日常の非情さに直面したとき
名人紀昌は終に弓を手にしなくなった。
中島敦名人伝」(1942)
超越、静寂何かを極めた先にあるものを知りたいとき
哲学者は淋しい甲蟲である。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
孤独,愛おしさ思索の道を歩む人が自分の立ち位置を見つめるとき
たとい如何なる目を見ようとも、 如何なる人に邂逅おうとも、 決してそれは打ち明けるな。 一旦の憤怒悲哀から、 若しそれを白状するような事があったら、 その時こそお前の一生の 不幸だと思え。
島崎藤村破戒」(1906)
緊張自分のことを隠さなければならないとき