これが私たち親子が神さまからいただいた短い休息の期間であったとしても
太宰治斜陽」(1947)
二十一年の大誓願、端なくも今宵成就いたした
菊池寛恩讐の彼方に」(1919)
こうして私が数時間前から座っているのに、どうもまだこの部屋は空虚のようだ。
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
空っぽの記憶の中に、空っぽの私が生きている。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているに過ぎないのだね。
岡本かの子老妓抄」(1938)
若い二人の恋が愈いよいよ人目に余るようになったのはこの頃であった。
田山花袋蒲団」(1907)
もう少しで双方がぴったりと出合って一つに収まるというところで、時の流れが急に向きを変えて永久の中に注いでしまう
夏目漱石三四郎」(1908)
自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊く見えることはない。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、べらぼうめ!
葉山嘉樹セメント樽の中の手紙」(1926)
まるで疲れ果てた人のように仰向けに寝ていた。
柳田国男遠野物語」(1910)
天は人に富や身分を与えるのではなく、その人の働きに与えるものである
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
「いき」は媚態でありながらなお異性に対して一種の反抗を示す強味をもった意識である。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
男つていうものは、家にいることを、どうしてさう恩に着せるんでしょう。
岸田国士紙風船」(1925)
あちこちから鎖が絡まっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。
太宰治魚服記」(1933)
そのとたん、私たちは同時に「アッ」と声を立てた。明るくなった部屋の片隅には、女の死骸が横たわっているのだ。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
はっきり言おう。くどくどと、あちこち持って回った書き方をしたが、実はこの小説、夫婦喧嘩の小説なのである。
太宰治魚服記」(1933)