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糞(ふん)はどこぞに着いておらぬかと眺(なが)めて見たが、それは箱のなかに取り残されていた
夏目漱石「草枕」(1906)
諦観, 黒い笑い
日常の非情さに直面したとき
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人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――これが先生であった。
夏目漱石「こころ」(1914)
切なさ、矛盾への驚き
先生という人物の本質を理解したいとき
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今まではあまり類例のなかった私たちの如(ごと)き夫婦関係も、追い追い諸方に生じるだろうと思われますから。
谷崎潤一郎「痴人の愛」(1924)
希望
自分たちの人生経験が普遍的な価値を持つと気づいたとき
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武蔵野の美についてはだれが一番よく知っているか。 自分は先ず蕪村を推したい。
国木田独歩「武蔵野」(1898)
感嘆
身近な風景の美しさに気づいたとき
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そうだ、一度にひと身上いるんだ
ドストエフスキー「罪と罰」(0)
怒り
わずかな報酬では満足できず、人生を大きく変えたいという切迫した願いを抱いているとき
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お客さまがた、ここで髪をきちんとして、 それからはきものの泥を落してください。
宮沢賢治「注文の多い料理店」(1924)
好奇心
丁寧すぎるサービスに違和感を覚えたとき
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「皆さん、 私は穢多です。」 丑松は教壇の上で 生徒たちの前に跪いた。
島崎藤村「破戒」(1906)
衝撃
すべてをさらけ出す覚悟を決めたとき
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哲学は現実の中から生れる。そしてそこが哲学の元来の出発点であり、哲学は現実から出立するのである。
三木清「哲学入門」(1940)
力強さ
哲学って何?と思ったとき
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武蔵野に散歩する人は、 道に迷うことを苦にしてはならない。
国木田独歩「武蔵野」(1898)
解放感
迷うことを恐れているとき
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その頃でも恋はあった。自分は死ぬ前に一目思う女に逢いたいと云った。
夏目漱石「夢十夜」(1908)
切なさ, 希望
死を覚悟したとき、最後の願いを心に抱きたいとき
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ああ、かぶとむしや、 たくさんの羽虫が、 毎晩僕のお口のなかにはいる。
宮沢賢治「よだかの星」(1934)
罪悪感
自分の存在に罪悪感を覚えたとき
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ぼくはもう何か喰べたくて倒れそうなんだ。
宮沢賢治「山越え」(1921)
切実さ, 疲労
空腹で限界を感じているとき
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人の心を疑うのは、 最も恥ずべき悪徳だ。
太宰治「走れメロス」(1940)
決意
誰かを信じたいとき
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黒い水の面にはきらきらと美しい星の影が映っていた。
森鷗外「高瀬舟」(1916)
静けさ、余韻
答えの出ない問いを抱えて夜を過ごすとき
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夫の登庁を見送って了うと、それはいつも十時を過ぎるのだが、やっと自分のからだになって
江戸川乱歩「人間椅子」(1925)
解放感、自分らしさの回復
自分の人生を取り戻したいとき
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若者達は花と散ったが、同じ彼等が生き残って闇屋(やみや)となる。
坂口安吾「堕落論」(1947)
皮肉、幻滅、深い悲しみ
理想主義が現実によって打ち砕かれるのを目撃したとき
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君、あの女には、もう返したのか 「いいや」 「いつまでも借りておいてやれ」
夏目漱石「三四郎」(1908)
切なさ、逆説的な喜び
恋する相手との関係を深めたいとき、純粋な気持ちを複雑に感じるとき
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あたかもくたびれたる人のごとく仰臥してありたり。
柳田国男「遠野物語」(1910)
悲しみ、虚無感、諦念
人生に疲れたとき、存在の意味を問い直したいとき
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あなたはよっぽど度胸のないかたですね
夏目漱石「三四郎」(1908)
屈辱, 自己不信
別れ際に女に指摘されたとき
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聖賢の道を学び、あらゆる機会に思索体験をつんで、それを自分の血肉とする。何と生き甲斐のある生活だろう。
下村湖人「現代訳論語」(1949)
喜び
学ぶことの意味がわからなくなったとき
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