孔子は一生こつこつと地上を歩きながら、天の言葉を語るようになった人である。天の言葉は語ったが、彼には神秘もなければ、奇蹟もなかった。
下村湖人論語物語」(1938)
敬意特別な才能がない自分に自信が持てないとき
蝶子は思った。 この人はあかん人や。 あかん人やけど、 うちのあかん人や。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
覚悟相手の欠点を分かった上で受け入れるとき
私は、信頼に 報いなければならぬ。
太宰治走れメロス」(1940)
決意約束を守りたいとき
われわれに五十年の命をくれたのは、われわれにこの世の中になにかをなさしめるためであると思います
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
使命感何のために生きているのかわからなくなったとき
物理的出来事はある四次元間において云い表わされ、また出来事の空間的関係はこの四次元空間における幾何学的法則としてあらわれます。
アインシュタイン相対性理論」(1916)
宇宙の構造宇宙の成り立ちに思いを馳せたいとき
けれども、苦悩だけは、 その青年たちに、先生、と 言はれて、だまつてそれを 受けていいくらゐの、 苦悩は、経て来た。
太宰治富嶽百景」(1939)
孤独自分に自信が持てないとき
だからこそ、あっちへ行っても始終我帝国の軍艦が我々を守っていてくれることになっているのだ。それを今流行りの露助の真似をして、飛んでもないことをケシかけるものがあるとしたら、それこそ、取りも直さず日本帝国を売るものだ
小林多喜二蟹工船」(1929)
怒り, 違和感, 問い権力者の虚しい正当化に直面したとき、その言葉の欺瞞を感じたいとき
谷間には希望の幸福が緑いろに萌えている。
ゲーテファウスト」(1808)
希望春の訪れや新しい季節の始まりを感じるとき
自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、陀多の無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう。
芥川龍之介蜘蛛の糸」(1918)
悲しみ、虚無感他者を踏みにじってまで自分だけ救われようとしたとき
言葉や様子こそあまり上品じゃないが、心はこいつらよりも遥かに上品なつもりだ。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
自尊心、矛盾への自覚自分の非礼を認めつつも、生徒たちの卑怯さに怒りを感じるとき
面白い時には、世界中が面白く、悲しい時には世界中が悲しい
小泉節子思い出の記」(1908)
没入、感情移入ヘルンの人間性の本質を理解したいとき、感情的に揺さぶられたいとき
古きものを愛護しつつ新しき知識を求める人であれば、人を導く資格がある。
下村湖人現代訳論語」(1949)
知恵伝統と革新のバランスに悩むとき
やまなしの匂いが、水の中に広がっていきました。
宮沢賢治やまなし」(1923)
幸福、安らぎ恐怖の後に訪れる穏やかさを感じたいとき
われわれの最も意を注ぐべき心掛は平常毎日の言行——言行と言わんよりは心の持ち方、精神の態度である。
新渡戸稲造自警録」(1916)
引き締まる日々の生活を見直したいとき
戒めは破られた。 しかし丑松の心は 不思議に晴れやかであった。
島崎藤村破戒」(1906)
解放重荷を下ろした瞬間
聖賢の道を学び、あらゆる機会に思索体験をつんで、それを自分の血肉とする。何と生き甲斐のある生活だろう。
下村湖人現代訳論語」(1949)
喜び学ぶことの意味がわからなくなったとき
私はお前たちに「お前たちの母上はこの世で最も美しい人であった」と言おう。
有島武郎小さき者へ」(1918)
追慕亡くなった人の美しさを語りたいとき
お前はもう仙人になりたいとは思わないか。――ではまたどこかの街角で夕日の沈む空を眺めながら、腹を空かしているのか。
芥川龍之介杜子春」(1920)
問いかけ、温かさこれからどう生きるか問われたとき
丈夫ナカラダヲモチ
宮沢賢治雨ニモマケズ」(0)
希望、シンプルさへの憧れ複雑な人生に疲れたとき
椅子の中の恋(!)それがまあ、どんなに不可思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に椅子の中へ這入って見た人でなくては、分るものではありません。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
陶酔, 孤独, 危機感社会から隔絶された異常な世界に引き込まれていく自分に気付きながらも、抜け出せないとき