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省察
デカルト(1641年)
約207分
82,635字
あらすじ — 「我思う、ゆえに我あり」——近代哲学の出発点となった徹底的な懐疑
デカルトが「確実に知りうるものは何か」を突き詰めた哲学の古典を、三木清が翻訳。すべてを疑い、最後に残る「疑っている自分」の存在から真理を再構築する。AIが考える時代に、「考える」とは何かを問い直す原点がここにある。
この作品のひとふみ
いかに多くの偽なるものを私は、若い頃、真なるものとして認めたか、またそれを基としてその後私がその上に建てたあらゆるものがいかに疑わしいものであるか
デカルト
私は覚醒と夢とが決して確実な標識によって区別され得ないことを明かに認めて、驚愕し、そしてこの驚愕そのものは、私は現に夢みているのだとの意見を私にほとんど説得するのである。
デカルト
私は有る、私は存在する、という命題は、私がこれを言表するたびごとに、あるいはこれを精神によって把握するたびごとに、必然的に真である、として立てられねばならぬ。
デカルト
私はまさしくただ思惟するもの、言い換えれば、精神、すなわち霊魂、すなわち悟性、すなわち理性である
デカルト
疑い、理解し、肯定し、否定し、欲し、欲せぬ、なおまた想像し、感覚するものである。
デカルト
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