大衆は静かな絶望の生活をおくっている。いわゆるあきらめと確かめられた絶望である。
ソロー森の生活」(1854)
覚醒毎日同じ日常を繰り返して疲れたとき
科学の歴史はある意味では錯覚と失策の歴史である。偉大なる迂愚者の頭の悪い能率の悪い仕事の歴史である
寺田寅彦科学者とあたま」(1933)
勇気失敗を恐れて挑戦できないとき
もう、どうでもいい。
太宰治走れメロス」(1940)
孤独全部投げ出したくなったとき
有体(ありてい)なる己(おの)れを忘れ尽(つく)して純客観に眼をつくる時、始めてわれは画中の人物として、自然の景物と美しき調和を保(たも)つ。
夏目漱石草枕」(1906)
悟り、切なさ理想と現実のギャップに直面したとき
我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか
森鷗外舞姫」(1890)
怒り、絶望信頼していた者に裏切られたことに気づいたとき
ずるけてサボるんでねえんだ。働けねえからだよ
小林多喜二蟹工船」(1929)
悔しさ, 絶望自分の身体が限界に達したとき
滝は白い布を垂らしたように光って見えた。
太宰治魚服記」(1933)
美しさ、予感美しい風景の中に死の気配を感じるとき
私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない
夏目漱石私の個人主義」(1914)
共感将来の方向性が見えず不安なとき
ついに明治の木にはとうてい仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。
夏目漱石夢十夜」(1908)
切なさ理想と現実のズレに気づいたとき
今の武蔵野は昔の武蔵野ではない。 しかし今の武蔵野にも、 自然の美がないと云うものは、 必ずしも自然を解していないのだ。
国木田独歩武蔵野」(1898)
覚醒変わってしまったものに失望しそうなとき
私は十五歳で学問に志した。三十歳で自分の精神的立脚点を定めた。四十歳で方向に迷わなくなつた。五十歳で天から授かった使命を悟った。
下村湖人現代訳論語」(1949)
感銘自分の成長が実感できず焦っているとき
人の貴きにあらず、国法の貴きなり。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
覚醒、価値転換身分や地位の本質について考えるとき
されば武蔵野の美にして、 一日だも変化のない日はなかった。
国木田独歩武蔵野」(1898)
発見毎日の変化に気づきたいとき
自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならない
夏目漱石私の個人主義」(1914)
覚悟力を持ったとき、その使い方に悩むとき
人類多しといえども、鬼にもあらず蛇にもあらず、ことさらにわれを害せんとする悪敵はなきものなり。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
希望, 決意人間関係に不安や警戒心を感じているとき
お茶がおいしいときにも、 きっとお父さんを思い出す
太宰治女生徒」(1939)
切なさ大切な人を思い出すとき
ごんは、お念仏がすむまで、井戸のそばにしゃがんでいました。兵十の母の葬列を見送りながら、ごんは思いました。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
悲しみ、反省取り返しのつかないことをしてしまったとき
理由も分らずに 押付けられたものを 大人しく受取って、 理由も分らずに生きて行くのが、 我々生きもののさだめだ。
中島敦山月記」(1942)
諦念人生の理不尽さを感じたとき
云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。
芥川龍之介」(1916)
衝撃、違和感、不気味さ自分の外見や身体的な特徴に悩むとき
弱虫は、幸福をさえ おそれるものです。 綿で怪我をするんです。
太宰治人間失格」(1948)
切なさ幸せが怖いと感じるとき