自分の気持ちをほのめかしてだけでも言うことのできる母というものを玉鬘は持っていなかった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(30 藤袴)」(1914)
人生は何事もしないには余りに長いが、何事かをするには余りに短い。
中島敦山月記」(1942)
私はこんなにまで人から冷淡にされたことはこれまでないのだから、今晩はじめて人生は悲しいものだと教えられた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
狂つた智恵子は口をきかない ただ尾長や千鳥と相図する
高村光太郎智恵子抄」(1941)
上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。
芥川龍之介羅生門」(1915)
私の恋人は、どんなところに埋められても、そのところ々々によってきっといい事をします。
葉山嘉樹セメント樽の中の手紙」(1926)
歴史は繰り返してはならないものだと思っている。
太宰治黄金風景」(1939)
いかなる小事にあたっても、なにかことをなすときは、ちょっと退いて考えたい。
新渡戸稲造自警録」(1916)
私は生まれて五十年、人の金を一銭でも借りたことはない
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
のたれ死するには家うちは要らんからのう……
菊池寛父帰る」(1917)
我より福を分ち与うれば、人もまた我に福を分ち与うべく、天道は復すことを好む。
幸田露伴努力論」(1912)
何という美しい、何というおっとりした声なんでしょう。
新美南吉手袋を買いに」(1943)
人間は恋と革命のために生まれて来たのだ。
太宰治斜陽」(1947)
雲雀はしきりに啼きながら高く高く雲間へ這入りいつまでたっても降りて来ない
谷崎潤一郎春琴抄」(1933)
そのとたん、私たちは同時に「アッ」と声を立てた。明るくなった部屋の片隅には、女の死骸が横たわっているのだ。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
教師というものは実に楽なものだ。人間と生まれたら教師となるに限る。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)