前にはあのようにつけつけとは哂わなんだて。
芥川龍之介」(1916)
孤独, 切なさ, 悲しみ自分の変化を周囲が受け入れてくれないことに気づいたとき
「その剃刀を抜いてくれ。己(おれ)は早く死にたいのだ。」と云った。
森鷗外高瀬舟」(1916)
絶望、懇願苦しみから解放されたいと願う人に向き合うとき
たとい如何なる目を見ようとも、 如何なる人に邂逅おうとも、 決してそれは打ち明けるな。 一旦の憤怒悲哀から、 若しそれを白状するような事があったら、 その時こそお前の一生の 不幸だと思え。
島崎藤村破戒」(1906)
緊張自分のことを隠さなければならないとき
ああ、かぶとむしや、 たくさんの羽虫が、 毎晩僕のお口のなかにはいる。
宮沢賢治よだかの星」(1934)
罪悪感自分の存在に罪悪感を覚えたとき
やっぱり、日本人は、同じ日本人に対してでなければ、本当の恋を感じることが出来ないのではあるまいか。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
切なさ、渇望異国人との関係に精神的な満たされなさを感じているとき
婀娜っぽい、かろらかな微笑の裏に、真摯な熱い涙のほのかな痕跡を見詰めたときに、はじめて「いき」の真相を把握し得たのである。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
切なさ人の奥深さに触れたとき
併し、あの電燈を消したのが犯人だとすれば、スイッチにその指紋が残っていなければなりません。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
決意論理的な推理で相手を追い詰めたいとき
疑い、理解し、肯定し、否定し、欲し、欲せぬ、なおまた想像し、感覚するものである。
デカルト省察」(1641)
思考の豊かさ人間の心の複雑さに向き合いたいとき
ゴーシュは町の活動写真館で セロを弾く係りでした。 けれどもあんまり上手でないという評判でした。
宮沢賢治セロ弾きのゴーシュ」(1934)
切なさ自分の実力不足を痛感しているとき
名人紀昌は終に弓を手にしなくなった。
中島敦名人伝」(1942)
超越、静寂何かを極めた先にあるものを知りたいとき
人間の窓の中では人間の子供が、お母さんに歌ってもらいながら、ねんねしようとしているのでした。
新美南吉手袋を買いに」(1943)
温かさ、切なさ違う世界にも同じ愛があると気づいたとき
真理はあらゆる人によって承認さるべき要求を含んでいる。
三木清哲学入門」(1940)
厳粛正しさについて考えたいとき
何だか大変小さく見えた。
夏目漱石坊っちゃん」(1906)
孤独、郷愁、後悔大切な人との別れが現実になったとき
日本一の桃太郎は鬼が島の鬼を征伐した後、宝物の車に乗り、意気揚々と帰って来たのであった。
芥川龍之介桃太郎」(1924)
皮肉、批判勝者の正義に違和感を覚えるとき
けれども自分が眺めている間、金魚売はちっとも動かなかった。
夏目漱石夢十夜」(1908)
孤独、無常感、観察者としての距離感世界との断絶を感じたとき
トンネルの中の汽車の窓をあけるなんて、 非常識な。
芥川龍之介蜜柑」(1919)
怒り他人のマナー違反にイラッとするとき
歯齦(はぐき)の血で描いたお雛様(ひなさま)の掛軸――(女子大学卒業生作)
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
戦慄、狂気、悲しみ精神病院の現実に直面したとき、人間の極限の表現を目撃したとき
あたしは何も、譲治さんの好奇心を満足させる義務はないわよ。それほど知りたけりゃあたしの跡をつけていらっしゃい、秘密探偵は譲治さんのお得意だから
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
反発, 自由への執着男が女の行動を詮索しようとしたとき
柳吉は泣いた。 蝶子も泣いた。 しかしそれは別れの涙ではなく、 まだ一緒にいるという涙であった。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
大変なのに一緒にいることを選ぶとき
私は有る、私は存在する、という命題は、私がこれを言表するたびごとに、あるいはこれを精神によって把握するたびごとに、必然的に真である、として立てられねばならぬ。
デカルト省察」(1641)
確実性の発見自分の存在に確信が持てないとき