自分等の年頃の青年にしては変態になったのではないかしらんとも考えた。
岡本かの子老妓抄」(1938)
あなたが産んだという賢一郎は二十年も前に築港で死んでいる。
菊池寛藤十郎の恋」(1919)
冷淡な態度を取れる者はあまりなさそうなのに源氏はかえって失望を覚えた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(06 末摘花)」(1914)
カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ。どこまでもどこまでも一緒に行こう。
宮沢賢治銀河鉄道の夜」(1934)
朝御飯が一番おいしくなるようにならなければ
太宰治斜陽」(1947)
私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
僕ハ結婚後始メテ、自分ノ妻ノ全裸体ヲ、ソノ全身像ノ姿ニオイテ見タノデアル。
谷崎潤一郎」(1956)
さっき一度紙くずのようになった二人の顔だけは、もうもとのとおりになおりませんでした。
宮沢賢治山越え」(1921)
私は愛することはなかなかできないけれど私は愛せねばならない。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
あなたが生んだという賢一郎は二十年も前に築港で死んでいる。
菊池寛父帰る」(1917)
人間の住居というよりも、むしろ何かの巣といった方が、よほど適当している。
宮本百合子貧しき人々の群」(1916)
はっきり言おう。くどくどと、あちこち持って回った書き方をしたが、実はこの小説、夫婦喧嘩の小説なのである。
太宰治魚服記」(1933)
人間の多くは金銭においてではないが、うららかな時間と夏の日において富んでいる。
ソロー森の生活」(1854)
僕たちに父親てておやがあるわけはない。そんなものがあるもんか。
菊池寛父帰る」(1917)
男一匹なる句は一種爽快なる感想を人に与える。
新渡戸稲造自警録」(1916)
自分は神様から眼あきにしてやると言われてもお断りしたであろう
谷崎潤一郎春琴抄」(1933)