これが私たち親子が神さまからいただいた短い休息の期間であったとしても
太宰治斜陽」(1947)
美は常に、無限に変わりつつあるといえる。
中井正一美学入門」(1941)
その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住むが良い。今頃は丁度家の周りに、桃の花が一面に咲いているだろう。
芥川龍之介杜子春」(1920)
何というやさしい、何という美しい、何というおっとりした声なんでしょう
新美南吉でんでんむしのかなしみ」(1935)
人間の多くは金銭においてではないが、うららかな時間と夏の日において富んでいる。
ソロー森の生活」(1854)
組織のないテロリズムは、最も悪質の犯罪である。
太宰治黄金風景」(1939)
おれは病気の風船のりみたいに、いつも憔悴した方角で、ふらふらふらふらあるいているのだ。
萩原朔太郎月に吠える」(1917)
まったく美しいものを美しいままで終わらせたいなどと願うことは小さな人情で、私は二十の美女を好む。
坂口安吾堕落論」(1947)
私は、人間が嫌いです。いいえ、こわいのです。
太宰治待つ」(1942)
しかし私の心のどこかに、彼を憎む気持ちが今日までもずっと残っているのです。
森鷗外舞姫」(1890)
私共と彼等とは、生きるために作られた人間であるということに何の差があろう?
宮本百合子貧しき人々の群」(1916)
彼女は真昼の寂しさ以外、何も意識していない。
岡本かの子老妓抄」(1938)
娘の時代だったならと取り返しのつかない運命が悲しかった。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。
芥川龍之介羅生門」(1915)
私はこんなにまで人から冷淡にされたことはこれまでないのだから、今晩はじめて人生は悲しいものだと教えられた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(03 空蝉)」(1914)
竜華寺の藤本は生煮えの餅のように真があつて気に成る奴
樋口一葉たけくらべ」(1895)
多くの人々は一度も本当の自分に巡り合わずに死んでいっているのである。
中井正一美学入門」(1941)