さあさあおなかにおはいりください。
宮沢賢治山越え」(1921)
恐怖逃げ場がないことを悟ったとき
あのびいどろの味ほど 幽かな涼しい味があるものか
梶井基次郎檸檬」(1925)
郷愁小さなことに癒されたとき
これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗(むやみ)にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。
芥川龍之介蜘蛛の糸」(1918)
良心、優しさ、葛藤自分の中に善性があるか疑わしいとき、小さなことの価値を認めたいとき
あなたはよっぽど度胸のないかたですね
夏目漱石三四郎」(1908)
屈辱, 自己不信別れ際に女に指摘されたとき
自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、陀多の無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう。
芥川龍之介蜘蛛の糸」(1918)
悲しみ、虚無感自分の利益のために他者を切り捨てたとき、罪悪感に苦しむとき
人が自分を知ってくれないということは少しも心配なことではない。自分が人を知らないということが心配なのだ。
下村湖人現代訳論語」(1949)
解放自分の努力が誰にも認められないと感じるとき
そうだ、兵十のおっ母(かあ)は、病気だったんだ。あの鰻(うなぎ)を食べたいと云ったにちがいない。ところが、わしがいたずらをして、鰻を取って来てしまった。だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせる事ができなかった。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
後悔、罪悪感自分のせいで誰かを傷つけたと気づいたとき
女の姿は花びらにすかされ花びらのようにすきとおりそして何もなくなってしまいました。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
喪失、幻想、美愛するものが消えていくとき
ほとんど、忘れようとしていたある感覚が、再び内供に帰って来たのはこの時である。
芥川龍之介」(1916)
切なさ、喜び苦しみから一時的に解放された喜びが、再び現実に直面するとき
身も独立し、家も独立し、天下国家も独立すべきなり。
福沢諭吉学問のすすめ」(1872)
決意自分の人生を切り開きたい、社会に貢献したいと思ったとき
うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想、籠もるとぞ知れ
夏目漱石草枕」(1906)
切なさ、深い理解人生の喜びと悲しみの関係について考えたいとき
美しいうちに死んでくれて良かったような気がした。
坂口安吾堕落論」(1947)
複雑な悲しみ、葛藤大切な人を失ったとき、あるいは人生の選択肢について考えるとき
熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中のほうが広いでしょう。とらわれちゃだめだ。
夏目漱石三四郎」(1908)
解放感、目覚め、衝撃既成概念や国家的な圧力に縛られていた自分の殻を破りたいとき
小供に学問をさせるのも、好し悪しだね。せっかく修業をさせると、その小供は決して宅へ帰って来ない。これじゃ手もなく親子を隔離するために学問させるようなものだ
夏目漱石こころ」(1914)
切なさ, 後悔, 孤独親の愛情と子どもの将来についての葛藤を感じたとき
その皺だらけに痙攣った横顔を眺めながら、私は煙に捲かれたように茫然となっていた。今朝から私の周囲にゴチャゴチャと起って来る出来事が、何一つとして私に、新らしい不安と、驚きとを与えないものは無い……しかも、それに対する若林博士の説明が又、みるみる大袈裟に、超自然的に拡大して行くばかりで、とても事実とは思えない
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
戸惑い、孤立感、現実喪失自分の身の上に起こったとは思えない事態の説明を聞かされているとき
馬車の中には、誰一人自分の不幸を知っているものはなかった。
横光利一」(1923)
不安、皮肉知らないうちに危機が迫っていることに気づいたとき
悲しみは誰でも持っているのだ。わたしばかりではないのだ。わたしはわたしの悲しみをこらえて行かなければならない。
新美南吉でんでんむしのかなしみ」(1935)
覚悟、孤独の受容自分だけが不幸だと思い込んでいたことに気づいたとき
生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。
坂口安吾堕落論」(1947)
決意人生に迷い、理想と現実のギャップに苦しんでいるとき
茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。
岡倉天心茶の本」(1906)
静かな感動完璧を目指して疲れたとき
ごんは一人ぼっちの小ぎつねで、しだの一ぱい茂った森の中に穴をほって住んでいました。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
孤独、寂しさ一人でいることの寂しさを感じるとき