人生とはこんなに寂しいものだったのだと源氏は思った。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(12 須磨)」(1914)
私は思い返した。自分と彼等との間の、あの厭わしい溝は速くおおい埋めて、美しい花園をきっと栄えさせて見せる!
宮本百合子貧しき人々の群」(1916)
かかる生きた眼によって見る光が、初めて明るい光、暗い光、燃える紅、しみ入る大空の自由の青さを見ることができるのである。
中井正一美学入門」(1941)
貧にしてへつらわず富んで驕らないというのが、その極致で。
下村湖人論語物語」(1938)
さっき一度紙くずのようになった二人の顔だけは、もう元の通りに治りませんでした。
宮沢賢治注文の多い料理店」(1924)
私の出費は一年間でたった二十七ドル、四分の一セントだった。
ソロー森の生活」(1854)
この山を旅する方は皆、大風のような音をどこかで聞きます。
泉鏡花高野聖」(1900)
ああ、このような経験を、私はこれまで、何百回、何千回、くりかえしたことか。
太宰治」(1947)
無限なものの知覚は有限なものの知覚よりも先のものとして私のうちにある。
デカルト省察」(1641)
希望はあらず、さてはまた、懺悔もあらず。
中原中也山羊の歌」(1934)
真白い手のひらに紫色の葡萄の粒が重なってのっていたその美しさを僕は今でもはっきりと思い出すことができます。
有島武郎一房の葡萄」(1920)
私には思想なんてものはありませんよ。好き、嫌いだけですよ。
太宰治黄金風景」(1939)
回という人間は決して馬鹿ではないのだ。
下村湖人現代訳論語」(1949)
この世はこんな不公平なものなのかと思って末摘花は恨めしく苦しく切なく一人で泣いてばかりいた。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(15 蓬生)」(1914)
虫が知らすとでも言うのか、何だかこう、傍見をしているすきに何か起きそうで、どうも外へ目を向けられなかった
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)