ごんは一人ぼっちの小ぎつねで、しだの一ぱい茂った森の中に穴をほって住んでいました。
新美南吉ごんぎつね」(1932)
孤独、寂しさ一人でいることの寂しさを感じるとき
彼は女の美しさに関して何の理解もありませんでしたが、ただ彼が感じたのは、これは俺の手に負えぬ怖ろしい何ものかだということでした。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
畏怖、困惑自分の理解を超えた存在に出会ったとき
富士が、よかつた。
太宰治富嶽百景」(1939)
安らぎ何かに救われた気がしたとき
もしこの二人の物理学者が彼等のすべての器械を用いて、一人は静止せる実験室のなかで、もう一人は汽車のなかで、すべての自然法則を研究するならば、汽車が動揺せずに一様に走る限り、彼等は全く同じ自然法則を見出すでありましょう。
アインシュタイン相対性理論」(1916)
知的興奮物理学の面白さに触れたいとき
私はその時一心に称名を唱えておりましたから。
泉鏡花高野聖」(1900)
安堵信念が自分を守ってくれたとき
山賊はふりかえって見ましたが都が見えませんでした。ただ一面に連る桜の花があるだけでした。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
幻惑、不安現実と幻想の境が曖昧になったとき
『私あの有様見ました、心痛いです。今日もう面白くないです。もう切るないとあなた頼み下され』
小泉節子思い出の記」(1908)
悲しみ、失望、無力感美しいと信じていたものが壊される瞬間を目撃したとき
極楽は丁度朝なのでございましょう。
芥川龍之介蜘蛛の糸」(1918)
希望完璧に見える世界の本質を問い直したいとき
じつにぼくは、二千四百円の損害だ
宮沢賢治山越え」(1921)
無関心, 滑稽さ深刻な状況でも金銭的な損失ばかり気にかけるとき
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
夏目漱石草枕」(1906)
切なさ、諦観人間関係や社会的な立場に悩んでいるとき、どうしても正解のない状況に直面したとき
谷間には希望の幸福が緑いろに萌えている。
ゲーテファウスト」(1808)
希望春の訪れや新しい季節の始まりを感じるとき
いろいろ注文が多くて うるさかったでしょう。 お気の毒でした。 もうこれだけです。
宮沢賢治注文の多い料理店」(1924)
恐怖安心させる言葉が一番怖いとき
心さえ自由にする修業をしたら、落雲館の生徒がいくら騒いでも平気なものではないか
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
希望人生の不平や悩みに直面したとき
形体以外の活動を見る能(あた)わざる者に向って己霊(これい)の光輝を見よと強(し)ゆるは、坊主に髪を結(い)えと逼(せま)るがごとく、鮪(まぐろ)に演説をして見ろと云うがごとく、電鉄に脱線を要求するがごときものである。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
怒り, 諦観, ユーモア自分の努力が報われず、他者に理解されないと感じたとき
小字(こあざ)よりさらに小さき区域の地名は持主にあらざればこれを知らず。
柳田国男遠野物語」(1910)
孤独, 疎外感自分の居場所や認識の限界に気付いたとき
「めおとで食べたら 御利益がありまっせ」 と言われて、二人は善哉を頼んだ。 甘い善哉が、 二人の口に沁みた。
織田作之助夫婦善哉」(1940)
幸福小さな幸せを噛みしめるとき
おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。
岡倉天心茶の本」(1906)
ハッとする他人を見下してしまいそうなとき
それに、こんなことをしたら、まるで家具を片づけることによって、わたしたちがあの子のよくなることをまったくあきらめてしまい、あの子のことをかまわずにほったらかしにしているということを見せつけるようなものじゃないかい?
フランツ・カフカ変身」(0)
切なさ、悲しみ、愛情家族がグレゴールの部屋の家具を片づけようとするとき
別にこれという分別も出ない。
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
無力感・孤独困難な状況下で判断力を失ったとき、将来への不安に襲われたとき
大部分の贅沢は、そして多くのいわゆる人生の慰安物は、人類の向上にとって不可欠でないばかりでなく、積極的な妨害物である。
ソロー森の生活」(1854)
反省モノを買っても満たされないとき