真の貴族は、あんな岩島みたいな下手な気取り方なんか、しやしないよ。
太宰治斜陽」(1947)
本当に私は、どれが本当の自分だか分からない。
太宰治女生徒」(1939)
実に言葉にも尽くされないほどの辛労と艱難とを忍び、共に共に武家の奉公を耐え続けた
島崎藤村破戒」(1906)
私は癖として都の話を聞くのが病でございます
泉鏡花高野聖」(1900)
生きた哲学は現実を理解し得るものでなくてはならぬ。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
私は自分が日記をつけていることを夫に感づかれるようなヘマはやらない。
谷崎潤一郎」(1956)
風に吹かれてどこへでも行ってしまおうというのは少し軽々しい。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(28 野分)」(1914)
今まで仲のよかった旅人が仲が悪くなり、相手の友情を信用しなくなります。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
俺は総領で家督をしているが、どうかして難しい家の養子になってみたい。
福沢諭吉福翁自伝」(1899)
ただその犯罪の名を言って聞かせるだけです。
芥川龍之介河童」(0)
今に自分も、あの煙突から煙になって出るのだ。
小泉節子思い出の記」(1908)
道を歩いて常に見る若い美しい女、出来るならば新しい恋を為たいと痛切に思った。
田山花袋蒲団」(1907)
人よりはすぐれた風采のこの公子も、源氏のそばで見ては桜に隣った深山の木というより言い方がない。
紫式部(与謝野晶子訳)源氏物語(07 紅葉賀)」(1914)