それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。
有島武郎小さき者へ」(1918)
男つていうものは、家にいることを、どうしてさう恩に着せるんでしょう。
岸田国士紙風船」(1925)
僕がついているからにはお嬢さんは安全です。どんな兇賊でも、僕の目をかすめることは全く不可能です
江戸川乱歩黒蜥蜴」(1934)
我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり
夏目漱石三四郎」(1908)
あらゆることを自分を勘定に入れずによく見聞きし分かり
宮沢賢治雨ニモマケズ」(0)
死んでも守らなければならない自分を、発見することでもあるのである。
中井正一美学入門」(1941)
われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
どうぞ私は死んでからただに天国に行くばかりでなく、私はここに一つの何かを遺して行きたい
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
嘉十はもう全く自分と鹿との違いを忘れて、「ホウ、やれ、やれい。」と叫びながらすすきの陰から飛び出しました。
宮沢賢治やまなし」(1923)
つまり、あたまが悪いと同時にあたまがよくなくてはならないのである。
寺田寅彦科学者とあたま」(1933)
「私は本当に、このおかしくなったような、男の度を越したヒステリーともいうべき発作に悩まされました」
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
よごれたる手をみる――ちゃうどこの頃の自分の心に対うがごとし。
石川啄木悲しき玩具」(0)
真上からたたきのめされて、下の漁夫の首が胸の中に、杭(くい)のように入り込んでしまった。
小林多喜二蟹工船」(1929)
助けられたが不思議なくらい、嬢様別してのお情けだわ
泉鏡花高野聖」(1900)
半身は砂のなかにうもれていて、それで居てべろべろ舌を出している。
萩原朔太郎月に吠える」(1917)
私にもそうらしく思われて来ました。逃げて都へも行かれます。
森鷗外高瀬舟」(1916)
生きているということ。ああ、それは、何というやりきれない息も絶え絶えの大事業だろうか。
太宰治斜陽」(1947)