思いがけなく来る通信に黒枠のものが次第に多くなる年齢に私も達したのである。
三木清人生論ノート」(1941)
哀愁,諦観年を重ね、親しい人たちとの別れが増えてきたとき
何という奇妙な私の立場であろう。何という恥かしい……恐ろしい……そうして不可解な運命であろう。
夢野久作ドグラ・マグラ」(1935)
恐怖自分の過去が精神病院の標本室に隠されていると悟ったとき
ピストルはおもちゃだったのです。さいぜんから、おもちゃのピストルにおびえて、人を呼ぶこともできなかったのです。
江戸川乱歩怪人二十面相」(1936)
怒り自分がまたも騙されていたことに気づいたとき
私は生きている。私はこれほど確かな事実はないと思った。自己の存在はただちに内より直観できる。
倉田百三愛と認識との出発」(1921)
実存的覚醒自分の存在意義に悩んでいるとき
一体十五六の少女の気持と云うものは、肉親の親か姉妹ででもなければ、なかなか分りにくいものです。
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
困惑, 不安, 問い相手を本当に理解できないことに気づくとき
前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
有島武郎小さき者へ」(1918)
決意先が見えなくて不安なとき
己の珠に非ざることを 惧れるが故に、 敢て刻苦して磨こうともせず
中島敦山月記」(1942)
後悔努力から逃げてしまったとき
桃太郎は如何に怠惰であるかは、この話の冒頭にも述べた通りである。
芥川龍之介桃太郎」(1924)
皮肉、痛快ヒーロー像を疑いたくなったとき
美しい閨秀作家としての彼女は、此の頃では、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
誇り、逆転、力強さ自分の力を信じたいとき、夫の陰に隠れたくないとき
堪(た)えがたいほど切ないものを胸に盛(い)れて忍んでいた。
夏目漱石夢十夜」(1908)
切なさどうしようもない苦しみに耐えている状況で、その感情の正体を知りたいとき
幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である
三木清人生論ノート」(1941)
気づき幸せの意味がわからなくなったとき
杜子春は又元の大金持になりました。するとどうでしょう。今まで眉をひそめていた、洛陽の都の人達は、急にいそいそと御世辞を云い始めました。
芥川龍之介杜子春」(1920)
皮肉、失望人間の本性を見せつけられて幻滅するとき
そいじゃ、これで切りあげよう。なあに戻りに、昨日の宿屋で、山鳥を拾円も買って帰ればいい。
宮沢賢治山越え」(1921)
諦観, 虚無感無意味な努力の終わりを受け入れるとき
君子は徳を以てすべての人の才能を生かして行くが、それは自分を忘れることが出来るからじゃ。
下村湖人論語物語」(1938)
反省,気づき自分の能力を誇りたくなるとき
私はもう少しで、危く他の人達の金を取る所でした。
芥川龍之介魔術」(1920)
後悔、自覚自分の中の醜い欲望に気づいてしまったとき
幸福は一夜おくれて来る。 幸福は、――
太宰治女生徒」(1939)
切なさ幸せがなかなか来ないと感じるとき
ただ一つ、私の作った椅子丈けが、今の夢の名残(なご)りの様に、そこに、ポツネンと残って居ります。でも、その椅子は、やがて、いずことも知れぬ、私達のとは全く別な世界へ、運び去られて了うのではありませんか。
江戸川乱歩人間椅子」(1925)
虚無感、無力感、悲しみ、孤独自分の努力や創作が無意味に感じられるとき、人生の意味を問い直したいとき
あのびいどろの味ほど 幽かな涼しい味があるものか
梶井基次郎檸檬」(1925)
郷愁小さなことに癒されたとき
内供のそう云う策略をとる心もちの方が、より強くこの弟子の僧の同情を動かしたのであろう。
芥川龍之介」(1916)
希望, 温情誰かの本当の気持ちに気づき、信頼を深めるとき
傷ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のないものだから止せという警告を与えたのである。
夏目漱石こころ」(1914)
悲しみ相手の冷淡さの真の理由を理解したとき