冬になって見ると、どれがほんとうの常磐樹だかわかる。ふだんは区別がつかないものでもな。
下村湖人論語物語」(1938)
洞察,納得人の真価を見極めたいとき
アノ人はこの世の中に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世の人に遺したいと思います。
内村鑑三後世への最大遺物」(1897)
謙虚,誠実,覚悟華やかな名声よりも誠実な生き方を選ぼうとするとき
ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた!
夏目漱石私の個人主義」(1914)
解放感長い迷いの末に自分の道を見つけたとき
女の顔にはいつも何一つ表情というものがなく、それは怖ろしいほど美しく、恐ろしい顔でした。
坂口安吾桜の森の満開の下」(1947)
恐怖、魅了美しいものに恐怖を感じるとき
器の中の器――人材の中の人材――一国の宰相。
下村湖人論語物語」(1938)
期待,高揚褒められて舞い上がりそうになるとき
私は有る、私は存在する、という命題は、私がこれを言表するたびごとに、あるいはこれを精神によって把握するたびごとに、必然的に真である、として立てられねばならぬ。
デカルト省察」(1641)
確実性の発見自分の存在に確信が持てないとき
私はお前たちに何を遺してやったらいいかを考えた。お前たちの生涯の伴侶として何が一番役に立つかを考えた。
有島武郎小さき者へ」(1918)
慈愛子どもに何を残せるか考えるとき
毎月曜日と金曜日の午後、夫人の胸に抱かれて踊ること。そのほんの一時間が、いつの間にか私の何よりの楽しみとなっていたのです。
谷崎潤一郎痴人の愛」(1924)
喜び人生で初めて西洋人女性と親密に接する時間を得たとき
うわべは極めて何気なさ相な、この人世の裏面に、どんなに意外な、陰惨な秘密が隠されているかということを、まざまざと見せつけられた様な気がします。
江戸川乱歩D坂の殺人事件」(1925)
恐怖世界の本質を疑うとき、人間関係の奥底に何があるかを考えるとき
あの婦人は、今でも、あの山の中に、独り住んでいるのでございましょうか。
泉鏡花高野聖」(1900)
余韻終わった後も頭から離れないとき
滝は白い布を垂らしたように光って見えた。
太宰治魚服記」(1933)
美しさ、予感美しい風景の中に死の気配を感じるとき
それらの幸福は、それが最も壊れやすいもので出来ているように見えながらも、どんな物の力でも打ちくだけそうになかった。
堀辰雄風立ちぬ」(1938)
感嘆はかないものの中に強さを見出したとき
人と人との交際に趣味のあるのとないのとは、金銭や物件で差引勘定の出来ないところにある。
新渡戸稲造自警録」(1916)
あたたかさ人間関係が損得勘定になっていると感じるとき
こんな船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。
夏目漱石夢十夜」(1908)
絶望、虚無感人生に疲れ果て、全てが無意味に思えたとき
人間は生まれながらにして 自由であり平等であるという。 それならば何故私は このように苦しまねばならぬのか。
島崎藤村破戒」(1906)
怒り不条理に怒りを感じるとき
「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。
九鬼周造「いき」の構造」(1930)
解放感,自由恋愛に束縛されそうになったとき
聖賢の道を学び、あらゆる機会に思索体験をつんで、それを自分の血肉とする。何と生き甲斐のある生活だろう。
下村湖人現代訳論語」(1949)
喜び学ぶことの意味がわからなくなったとき
いくら功徳になっても訓戒になっても、きたない者はやっぱりきたないものだから
夏目漱石吾輩は猫である」(1905)
諦観, 虚無感, 自嘲努力しても変わらない現実に直面したとき
一つの物体の幾何学的の容量は、これが見出される基準系の運動状態に必ずしも無関係ではありません。
アインシュタイン相対性理論」(1916)
空間の相対性世界の見え方が立場で変わることに気づいたとき
どこからともなく、口笛で軍艦マアチが聞えて来たのです。
太宰治葉桜と魔笛」(1939)
不思議、震え説明できない不思議な体験に遭遇したとき